人生はリズムで、グルーヴで、セッション。

たとえるなら、大晦日の集大成のような気分。
そんな、人生でそう幾度とない
「平成31年4月30日」という日を過ごしています。
  
「自分らしく」
「自分らしさ」
「ありのままの自分」

多くの人々が焦がれ、知りたいと願い、
そして渇望する、そうした言葉の数々に
実は自分のアンテナがほとんど反応を示さないことに
いささかの「バツの悪さ」のようなものを
そこそこの長い間、ずっと感じていました。
  
自分らしくいられること。
ありのままの自分でいられること。
  
―それはそうとして、ところで「その先」は?
  
私がこの世界で
観たい、感じたいことは、「その先」でした。
  
私という人間が
いま、ここに存在することで。
あなたという人間が
いま、ここに存在することで。

その空間には
どんな波が生まれるのか。
どんな熱が生まれるのか。
  
その波や熱が、同じ空間にいる
誰かの波や熱と重なって、
どんなあたらしいうねりが生まれるのか。
  
私は、どんな世界を
その人と、その人達と創りあげて 
眺め、愛でて、慈しみたいのか。  
  
「自分が、個として
 自分らしく在ること」よりも先に

「そんな人々が集まったところに
 どんな世界が生まれるか」の方に

つい、どうしても先に目が向いてしまうのは
いつか、さる人に「答えを急ぎ過ぎている」
と言われた私ならではだなあ、と笑いたくなりますが。
  
「その先、からの逆算」で
「自分の在りよう」を決めていくことを
考えるやつが居たっていいんじゃないかな、と
ちょっと愉快な気持ちでいます。
  
もちろん、ちっちゃく規定した「世界という箱」に
自分を合わせていく、ってなやり方ではなくて。
   
大好きな音楽でたとえるならば。
自分の音色を
びびらずに臆することなく鳴らして。
相手の音色にも
耳をしっかりと傾けて、身体で感じて。
  
ただ予定調和なだけではなく、
時にスリリングに、時に格闘技のように。
だけど最終的には、それらをすべて
まるっと包み込んで、心地よく躍動する
人生への熱が醒めぬようなリズムとグルーヴが
いつでも、ここに鳴り続けるように。
  
この世界で
どんな音楽が鳴っているのを聴きたいのか。
「自分の在りよう」は、その音楽に
どんな彩りと熱をもたらすことができるのか。
  
家族、仲間、仕事、そしてありとあらゆる場の中で
「自分が、そこに在ること。
 それにより、もたらしうること」を感じ取り、
そこへ、より能動的に、より創造的に。
そして何より、面白がってコミットしていくこと。
  
おとずれようとしている時代の節目を前に
自分なりのあたらしい時代のテーマを、ここに。
  
せっかくのあたらしい時代。
乗っかって、楽しんでいきましょう!

 

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