“なにをやりたいと思っても、いいんだ”って思えた。

ここ数年ほど、
「私って、欲がないなあ」って思ってたんです。
やれたら楽しい。行けたら楽しい。
でも、”どーしても、どーーーしても!!”
みたいな切実な欲って、あんまり無かった。
 
やりたいことが無かった、んじゃないんです。
無いことにしてた、んでした。
 
『ただし、実行する上で
 物理的にも精神的にもあまり負担がかからず
 周りの反応も気にならず、さらーっと叶えられること、
 のみに限る』というルールを
無意識に設けていただけなのかもしれない、と。
 
そのルールに少しでも外れるな、無理だな、と
「自分が」認識したことは、すべてふるいにかけて
落していただけなのかもしれない、と。
 
ヒトって、案外とマジメなところがあって。
『願った以上は、叶えなければならない』と
思うところがあるように思います。
 
だから
『あらかじめ、叶いそうなこと』に、手を伸ばす。
梢の先に、やわらかな陽のひかりを浴びて
つやつやとおいしそうな実がなっているのを、
見なかったふりをして。
 
もし、いますぐに実をもぐことはできないとして。
その実を、「だから、見なかったこと」にするのは
何だか、さびしいんじゃないか、って。
 
「おいしそうな実だなあ、どんな味がするのかなあ」って
ニコニコしながら眺めることから始めたって、
いいんじゃないだろうか、って。
 
『いますぐに叶わないのなら、願う意味がない』って。

いま、それをそんな風に急いで決めてしまわなくても
いいんじゃないだろうかって。
 
つやつやの実を眺めながら手を伸ばしてるうちに、
樹をよじ登る勇気が湧き、力が付くのかもしれない。
手の中に、実が落ちてくるのかもしれない。
ハシゴを貸してくれる人が、現れるのかもしれない。
バカにして見ていた人が、しあわせそうな顔に惹かれて
高い所に届く道具を、そっと教えてくれるのかもしれない。
 
あるいは、その実が朽ちてしまったとしても。
鳥が、かすめていってしまったとしても。
 
つやつやのおいしそうな実を眺めていた
しあわせな気持ち、しあわせな時間までが
朽ちて、うしなわれ、価値を無くすわけではない。
時が経ち、また美味しそうな実をみのらせるかもしれない。
 
その願いを想った瞬間、心が熱くなる。あたたまる。
 
ならば、「いま計算した、すぐに叶う可能性」で
その願いを値踏みしてしまうことなんかせずに、
まずは
「その願いで、熱くなる、あたたまる」ことを、
シンプルに、自分にゆるしてしまえばいいんだ、って。
 
――そう決めたら。
やってみたいことが、どんどん湧いてきました。
すぐできるとか、うまくいくとか、叶うことにこだわらずに
思い描くだけで、夢中な気持ちになれることが。
 
あなたのやりたいこと、願いごとも
どうか、あなたの心を熱く、あたためますように。
 
—————————————
写真は、行ってみたい場所のひとつ、小笠原諸島。
(超船酔いするんだけど、何とか眠ってやり過ごしたい・笑)

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