「あのときと同じ」、なんかじゃない。

“ああ…前もこんなこと、あったじゃん…”
“で、ああなって、こうなって…。
結局、そんなオチなんでしょ。わかってるって。”

すこし気弱になっているとき。
いま起きていること、心に感じていることが、
「いつか観た風景」と重なって
見えてしまうことがあるかもしれません。

“わかってるって。
どうせまた、「おなじみのパターン」でしょう?”

そうやって、
鎮痛剤を飲みこむように
心を傷つけず、
痛みの波をやり過ごす準備を
独り、進めてゆく。

だけど、知っていてほしい。
注意深く、目を凝らしてほしい。

どんなに
「あのときと同じ」ように見えても、
ほんとうのほんとうに
「あのときと同じ」なんてことは
決してないのだ、ってことを。

『あのときのあなた』と
「いま、ここにいるあなた」は
<同じあなた>ではなく、
『あのときのあなた』は、
未来の「いま、ここにいるあなた」を
くるしめるために居るのではない、ってことを。

『あのときのあなた』は、
「いま、ここにいるあなた」が
しあわせであることを願っている。
――そう。
「いま、ここにいるあなた」が
≪未来のあなた≫の
しあわせを、願っているように。

『あのときのあなた』は、
「いま、ここにいるあなた」の力を信じてる。
同じかなしみに包まれたりしない
あなたであることを、信じてる。

だから、どうか
「あのときと同じ」、なんかじゃない、
「いま」を。

 

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