かわいい想い、けなげな想い。

家族でも、パートナーでも、仲間でも、
人間関係でショックを受けることとして
自分のことを理解されなかった、とか
裏切られたような気持ちになった、とか
そういうことは、ままあることと思います。

そこに登場するひとびとが
“どうでもいいひと”だったら、
怒りに震えたり、涙にくれることも
無い、んですよね。

あ、登場するひとびと、の中には
相手はもちろん、「自分」も含まれてます。

相手も、そして自分自身も。
どうでもいい、わけなんかじゃないから
そんなにも、ショックを感じるんですよね。

その傷が生乾きの状態のままで、
それでも”相手を理解しましょう”とは
私は言えないし、言いたくもない。
その出来事を経て、結果的に
袂をわかつのも、当然アリだと思うんです。

ただ。
相手に怒りや絶望や、口にはできないような
ドロドロした想いを強く強く感じたり、
ひるがえって
自分自身に情けなさ、不甲斐なさを感じて
責め立ててしまうことに疲れ果てたなら、
ひとつだけ
「戻ってほしい、あたたかな場所」があるんです。

それは、
「ショックを感じたのは、
“解りあえたら”と、ただ素朴に願っていた
自分の中の、ちいさな想いだったんだ」
というところ。

それがたとえ
勝手な期待であろうとも、願いであろうとも、
やっぱり私には、それは
かわいい想い、けなげな想いに映るんです。

それを解決しなければ、
立ち直らなければならない”問題”として
焦ってひたすら見つめて、向き合って
どうにかこうにかしよう、となんてしなくても、
あたたかで、かわいくて、けなげな
その想いの場所に戻れば、
想像もしないところから
心は、ほどけていくのかもしれません。

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写真は、買い物の合間に立ち寄った
お気に入りのお店で、コーヒーを頼んだ
母と私に供されたカップ。
なんか、「わお、紅白でめでたい♪」と思って。

 

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