辞書からはみ出た”やさしさ”

“やさしい”
という褒めことばを、私はほとんど使わない。

あたたかさや、やわらかさ、
こまやかさ、ていねいさ、
そして、きびしさ。

歳を重ねるごとに、
そうした、あらゆる要素のなかに
“やさしさの種”を見出だすようになるにつれて、
おいそれと使わない、
というか、「使えなく」なったのだ。

私は幼い頃から辞書をひくのが好きで、
それは「ぴったりの言葉を使いたい」という
つよい想いが、そうさせていると思っている。

ただ、幼い頃はそれで事足りていたのだけれど、
歳を重ねるにつれて
「辞書の意味から、はみ出る言葉」が出てきた。
私にとって、”やさしい”はその最たる例である。

「言葉が、辞書の意味をはみ出してしまう」ことは、
生きたときを豊かに重ねてきた、という証だと思う。
いろんな”やさしさ”に触れたことがあるからこそ、
辞書の意味を、はみ出してしまうのだから。

私にとっての”やさしい”と、
誰かにとっての”やさしい”は
たぶん、重なるところも異なるところもあって、
もちろん、それでよいのだと思う。

かたい言葉で言えば、それは
「自分の中で、言葉の定義を明確にしておく」
ということになるのかもしれないけれど、
それはつまり、自分と、誰かとのかかわりの中で
つむいでいく言葉と経験をないがしろにしない、
ということなのだと思う。

昨日、人からもらった言葉は
他の形容でたとえようがなかったので、
とてもひさしぶりに、お礼とともに
“やさしさ”という言葉を使った。

私の中に、またあたらしい”やさしさ”がやってきた。

 

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