21/42 | 30分だけ、待ってて

「お願い、お父さーん。30分でいいから待ってて~」

天候が不安定な週末。
雨のすきまを狙って出かけたつもりが、霊園に着いたと同時に雨足が強まった。
父の眠るお墓まで足を早めながら、母と2人で父に願ってみた。
”せめて30分でいいから、雨を降らせるのを待っててほしいね~”と。

父が亡くなったのは21歳の夏、8/29。
今年、私は42歳になった。
私の人生に父が居た時間を、
今年の命日を境にして、不在の時間が追い越してゆくような感覚。

だから、できればその日の前に挨拶をしておきたかった。
この世の人間の自己満足ではあるのだけど。

詩人:茨木のり子さんの作品に、『花の名』という詩がある。
中に、このような一節がある。
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物心ついてからどれほど怖れてきただろう
死別の日を
歳月はあなたとの別れの準備のためにおおかた費やされてきたように思われる
いい男だったわ お父さん
娘が捧げる一輪の花
生きている時言いたくて言えなかった言葉です
棺のまわりに誰もいなくなったとき
私はそっと近づいて父の顔に頬をよせた
氷ともちがう陶器ともちがうふしぎなつめたさ
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はじめてこの詩を読んだとき、
「氷ともちがう陶器ともちがうふしぎなつめたさ」
という表現が、あんまりにもぴたりとしていて。
「嘘みたいだ。こんなにつめたいお父さんなんて」と
呆然としながら清拭した記憶と、手の感触がよみがえるようだった。
人生でいちばんの、さびしい記憶。

あのつめたさを知ったあとの私は、
心の奥で、しずかに変わったのだと思う。
絶望にのまれるのではなく、希望へと舵をきった。
「思いっきり、生きるんだ」、そう思った。

あわてて母と手分けして花の水を換え、お墓を拭きはじめると
みるみる雨は弱まった。

小さい頃、父によくコーヒーを頼まれていたことを思い出して、供えてみた。
コーヒーはブラックばかりの私がめずらしく買った、
父の好みの、お砂糖もミルクも入った甘いコーヒー。

「父と話せたらいいのにな」と思うことは、いまでも時々ある。
だけど、過去に戻りたい気持ちはない。
どう考えても、私の人生で、いまがいちばん、しあわせだ。

これから更新されてゆく「父の不在の時間」。
それがどことなくこわいような、さびしいような気持ちがあった。
だけど、
「これからの時間をしあわせに重ねてゆくことが、私の矜持だ」
そう思ったら、なんだか楽しい気持ちになってきた。

ひととおり掃除も終わり、母も私も心ゆくまで、それぞれ父と話し。
名残を惜しみつつ、もういちど手を合わせて、お墓をあとにした。

霊園の門まで歩きはじめると、ほとんどあがっていた雨がまた降り始めた。
足を早めて歩きながら母が時計を見ると、雨が弱まってから、ちょうど30分くらいだった。

まったく、いい男だわ、お父さん。

 

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