伝えたいことは、他にもあるんだ。

”自分はなんて不甲斐ないヤツなんだ”の底には、
「自分は、自分のことを信じたい」がある。
”勉強しなさい!”の底には、
「あなたの未来を、応援したい」がある。
”どうして解ってくれないんだろう”の底には、
「あなたと解りあいたい、笑いあいたい」がある。
”どうしていっしょにいてくれないんだろう”の底には
「あなたが隣りにいるのが、たまらなくうれしい」がある。

誰かに思わず、強くぶつけてしまった言葉。
自分に思わず、強くぶつけてしまった言葉。

だけど、ほんとうに伝えたいことは
いつだって、底のほうで、あたたかく光っている。
いつだって。そう、この瞬間にも。

誰かも、自分も。
大切だから、愛しいから、
時にかなしくなったり、腹がたったりしてしまう。

「愛」の免罪符のもとに、何もかもすべて片づけて、
何を言ってもやってもいい、だなんて思わない。
だけど、底にあるのはいつだって、
あげるのをためらってしまった、けなげな、ちいさな、愛のことばなんだ。

かなしくなったって、かまわない。
怒りがこみあげたって、かまわない。
いつかは、「そこ」に戻ってこられるから。
誰かに対しても、そして、自分に対しても。

それが、「だいじょうぶ」のチカラ。

 

関連記事

  1. 「選ばれない」という、ある種の幻

  2. 今日、あなたはあなたと、共にいましたか。

  3. 祝福を、あなたに。

  4. それでも、やっぱり「愛する」のが先なんだよ。

  5. くものひかり

  6. そのままのあなたでいいんだよ、とは言わないけれど。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。