落ちこむ人が持っている『宝物』

若い頃、私は
“趣味か!趣味なのか!”という位に(笑)
そりゃあもう、隙あらば
落ち込んでばかりいる人間でした。

そんな私も、めっきり落ち込む機会が減った昨今。
久しぶりに昨日、仕事がらみのあることで
ちょっと凹む気分を味わうことができました。

それがメインのお話ではないので詳細は省きますが、
ある出来事で、”ああ、自分は能力が無いのだな”と
めりっ、と凹んだわけです。

さて、私は
「ある出来事で、”ああ、自分は能力が無いのだな”と
めりっ、と凹んだ」と書きました。

出来事は、実は
「ただの出来事」にしか過ぎません。

では、「ただの出来事」と
“ああ、自分は能力が無いのだな”を
結ぶものとは、いったい何なのか。
ーーそれは、
「思い込み」とか「解釈」と言われるものです。

こんなことも出来ないなんて、無能でしょ。
こういう対応をされるってことは、愛されてないんだ。

…うん、知っていますよ。

“これは、自分勝手な思い込みや解釈なんかじゃない。
だって、ホントに人からそう言われたことがあるもの…。”

…ね。私も、そんな想い出がいくつかあります。

でも、あなたや私に
誰かから投げかけられた、そうした言葉も
また、「発したひと個人の思い込みと解釈」
だったりするのです。

「思い込みや解釈は、個人的なもの。
だから気にしなければいい。」

…うん、それでもわるくはないんですけれど、
ここはもう少し、ていねいに扱ってみたいところ。

まず、「思い込み・解釈→落ち込む」の裏側には
“本当は、それが叶えられるはずだったのにな”
という想いが、ひそんでいます。

もっとはっきり言っちゃいましょうか。
ーーつまり、心の奥には「自信」があるのです。

“いやいや、自信なんて滅相もない…!”
そんな控えめなあなたには
(そういうひとも、私は好きですよ!)
心の奥に「自分の可能性を信じる心」がある、と
すこしマイルドにいたしましょうね。

そして、もうひとつ。

ほんとは、もっと能力があるんだ。
ほんとは、もっと愛される人間なんだ。
身体の奥底で、そう信じている心のそばに。

「だから、その能力をがっつり使いたい!」
「だから、愛されてることをちゃんと解りたい!」
そんなピュアな願いもまた、ひそんでいるのです。

そして、
「その能力をがっつり使いたい!」
「愛されてることをちゃんと解りたい!」
のはきっと、本当は
「誰かに、周りの人たちに、それを表現し、届けたい」
からなのだと、私はそう思います。
そして、みんなのよろこぶ笑顔が見たいのだと。

自信も、可能性を信じる心も。
誰かに、周りの人たちに
自分の大切なものを表現し、届けたい想いも。

それがピュアで、強いものであればあるほど、
「いま、それが叶わなかった」と
感じ取ってしまったときの痛みは、大きくて。

だけど、そんなときはどうか
少しずつでいいから、思い出してみてほしいのです。

その痛みは、
“それが叶えられるはず”と、自分を強く信じる心と
“それを表現し、届けたい。よろこんでもらいたい”と
まっすぐに願う気持ち。

そんな、あたたかくもきらきらと光る
尊いもの無くしては、そもそも生まれなかった
ものなのだ、ということを。

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ちなみに私、凹んだ帰り道に
電車で爆睡したら、あっさり復活しました(笑)。

もちろん、上に書いたことも心に描きましたけれど、
寝ることもまた、私にはとびきりの良薬です(笑)。

 

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